2009年7月16日
猫と人間の歴史
新石器時代、中近東地域から農耕が広まり始め、穀物が保管されるようになるにつれて、ネズミが爆発的に増加したために、穀物庫の番人役としてネコが村の中で重宝されるようになったといわれる。
現在世界最古のものとしては、キプロス島のシロウロカンボス遺跡(en:Shillourokambos)で約9500年前の飼い猫の化石が発見されており、新石器時代もしくは石器時代後期から人類がすでにネコをペットとして手なずけていたことを示唆している。このネコの骨は人骨が埋葬されていた場所からおよそ40cm離れた場所に埋葬されていたが、遺体の保存状況、位置関係などから、高位の人物が飼い猫を一緒に埋葬したものと考えられる。発掘されたネコが年齢およそ8ヶ月であることから、その人物が死亡した際、一緒に殺されて埋められたとも推測できる。さらには、キプロスの同遺跡においてネコが何らかの宗教的重要性を持つ存在だった可能性も示唆されている。遺骸からは屠殺された形跡が見られないため、埋められていたネコはおそらく人間と同様に扱われていたと考えられるという。ただし、同時代の同地域の遺跡からは、人間がネコ科の動物を食用にしていた跡も発見されているという。
古代エジプトでは、ネコがライオンの代わりとして崇拝されていたし、バステト女神として神格化もされていた。そのため敵側がネコの顔を自らの盾に描いてエジプト兵を追い払ったという。ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』によると、中世ヨーロッパでもネコは麦穂の精霊と同一視され、中国でも、獣偏に苗(正字では貉偏に苗「貓」)と書くように、稲穂の精霊とされていたという。ただし、漢の時代には「猫」の字はまだ無く、ネコには「狸」の字が当てられている。
日本においてネコが考古学上の登場は、読売新聞(2007年09月01日)の記事によると、兵庫県姫路市四郷町の見野古墳群(六世紀末から七世紀中ごろ)の横穴式石室から、猫の足跡(肉球)のついた古墳時代の須恵器が出土したとあり、また、文献に登場するのは、『日本霊異記』に、705年(慶雲2年)に豊前国(福岡県東部)の膳臣広国(かしわで-の-おみ-ひろくに)が、死後、ネコに転生し、息子に飼われたとあるのが最初である。
愛玩動物として飼われるようになったのは、『枕草子』や『源氏物語』にも登場する平安時代からとされ、宇多天皇の日記である『寛平御記』(889年〈寛平元年〉)2月6日条には、宇多天皇が父の光孝天皇より譲られた黒猫を飼っていた、という記述がある。愛玩用以外としては、壱岐市にある弥生時代中期のカラカミ遺跡から出土された骨が日本人とネコとの関わりを示す最古の資料である。奈良時代ごろに、経典などをネズミの害から守るために中国から輸入され、鎌倉時代には金沢文庫が、南宋から輸入したネコによって典籍をネズミから守っていたと伝えられている。『日本釋名』では、ネズミを好むの意でネコの名となったとされ、『本草和名』では、古名を「禰古末(ネコマ)」とすることから、「鼠子(ねこ=ネズミ)待ち」の略であるとも推定される。他の説として「ネコ」は「寝子」、すなわち「ね」は「寝る」の意味で、「こ」は「小さいもの、身近なもの」の意味であるという解釈もある。このように、蓄えられた穀物や織物用の蚕を喰うネズミを駆除する益獣として古代から農家に親しまれていたとおぼしく、ヘビ、オオカミ、キツネなどとともに、豊穣や富のシンボルとして扱われていた。
ただし日本に伝来してから長きにわたってネコは貴重な愛玩動物扱いであり、鼠害防止の益獣としての使用は限定された。貴重なネコを失わないために首輪につないで飼っている家庭が多かったため、豊臣秀吉はわざわざネコをつなぐ事を禁止したという逸話がある。ただしその禁令はかなりの効果があり、鼠害が激減したと言われる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ネコの性格の気まぐれはとてもかわいく感じますよね。
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